現在の経済システムは資本主義と呼ばれているが、それは経済活動の主要な担い手である企業が投資家や株主と呼ばれる資本家に仕える存在だからであり、その経営は当然ながら民主的とは到底言えない。企業はたいてい株主が支配しているが、株主はこの経済アクターを打ち出の小槌としか見なさない。彼らの観点では従業員は機械やパソコンなど金儲けのプロセスに必要な道具に過ぎず、常に株主からの圧力を受けている経営者は利益の最大化のために費用の最大限の節約を余儀なくされている。月100ドルで働いてくれる人のいる中国に工場を開設する一方で、同じ労働力を得るのに10倍以上のコストがかかる米国や西欧、日本の工場は閉鎖するが、これはあくまで「経費の削減」目的なのだ。もちろんどの国でも従業員を保護する法律はあるが、経営者からすると従業員が機械と同じ水準のものであることは普遍的な規則であり、経営者は以下の優先順位をつける。 1) 株主(利益を出せなかったらクビになるため)、2) 顧客(お金をくれるから)、3) 従業員(簡単に代替可能なので)。
ここでは資本主義と市場経済の違いをはっきりさせておきたい。なぜかと言えば、市場経済なしの資本主義も資本主義なしの市場経済も可能だからだ。市場経済なしの資本主義の好例は独占(たとえばWindows)であり、この場合商品やサービスの唯一の提供者は可能な限り価格を吊り上げ、売上を増やす。また、生産者が誰からも支配されていない農民市場のように、資本主義なしの市場経済の実例は今日でも存在する。
20世紀はこの資本主義へのオルターナティブが興亡した時代だった。共産主義国家はあらゆる企業を国営化して株主をなくし、労働者の生活水準を向上させようとした。だが、資本主義では株主からの圧力という形で常に強制的に達成される効率の追求がなかったためにこれらの企業の業績は悪化し、キューバや北朝鮮を除くとほとんどの国がこの体制の放棄を余儀なくされた。
自分の働く企業の経営に従業員が関与できないという点では、両システムは共通している。彼らは自己管理できないシステムに翻弄されており、経営の掌握者が株主でも政府でもあまり違いはない。そうであれば、どうやれば自分の働く企業の経営に従業員が実際に影響を及ぼすことができるようなシステムを達成できるのだろうか。
5月 10, 2008 8:50 pm |
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