民主主義と金融

企業の民主的運営に関する議論だけでは、われわれの最終目的の達成には不十分だ。銀行などの金融機関がどの事業を発展させるかを決めている以上、この分野の再検討も重要となる。

実際、経済の担い手の中でも金融セクターほど管理が非民主的なところはない。たとえば1万ドルを銀行に預けた場合、銀行に倒産の可能性がないとすると預金者の唯一の関心は利息、つまり資産の成長率である。利益が増えれば満足するが、その利益を出しているのがマクドナルドや有機農家、劣悪な条件でナイキの工場で働く東南アジアの労働者やイタリアの謙虚な職人、ブラジルの熱帯雨林の破壊者やフィリピンで再植林事業を行うNGO(再植林が経済的に儲かる事業かどうか私は知らないが、あくまでも一例として)のどれであるかについては完全に無関心だ。

この構造のため、環境や社会を破壊する事業が繁茂する一方で、社会的起業者は十分な資金提供をなかなか受けられない。人権や環境を配慮したところで直接的な経済メリットがない以上(とはいえ、あまりにも無視するとボイコットなどの制裁の憂き目に遭うが)、これらを無視すると利益増につながるため、経営者は従業員の生活水準や環境の向上よりもコストの削減により関心を示すのはむしろ当然だ。とはいえ、自分の働く会社からの給料が安いと訴える一方で、定期預金の利息が少なすぎると文句を言う人の頭の中では、一体どんな論理が貫かれているのだろうか。私は理解に苦しむ。

人間や環境にやさしい経済を望むならば、お金の使い道をわれわれ自身でチェックできるようにしなければならない。社会や環境面で責任を持った事業にわれわれの資金を注ぎ込むには、市民による通貨管理が不可欠だ。それとも、他人や環境を貧しくしてでも金儲けさえできれば、われわれは幸せなのだろうか。

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