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アジア連帯経済フォーラム2012@インドネシア・マナド市

10月 7, 2012

アジア連帯経済フォーラム2012が10月1日(月)から3日(水)にかけて、インドネシア・北スラウェシ州マナド市にあるサム・ラトゥランギ大学の国際ビジネス経営学院(IBA)で開催された。17カ国(欧州5カ国およびカナダを含む)から数百名がこのイベントに参加し、アジア各地で生まれているさまざまな経験を共有および学習した。

初日(10月1日(月))は、北スラウェシ州のシニョ・ハリー・サルンダジャン州知事のメッセージを含む開会式から始まった。その後インドネシア人研究者4名が、コンラート・アデナウアー財団の招聘によりドイツを訪れ、同国での社会的市場経済の実践について学んだ内容を報告した後、Bina Swadaya(インドネシア)のバンバン・イスマワン氏が連帯経済に関する展望を発表した。彼はベンジャミン・キニョネス(ASEC会長、詳細は後述)による連帯経済の定義、すなわち“社会的企業により推進される経済”について言及し、彼による3P(「人々、地球および利益」、People, Planet and Profit)を紹介し、インドネシア企業のうち99.2%が中小企業であることを強調した。また、連帯経済について“経済活動を行っているが貧しい人たち,”のためのものであるとして、高齢者や若年層、あるいは最貧層や通常の中小企業を運営可能な層を除外した。中小企業の設立を実現する上でのマイクロクレジットの重要性を強調した後、コミュニティ組織の最善形態は“活発な会員活動”、“選出されたリーダー”、”経済的 + (社会的・教育的)” 活動および“民主的参加”を伴った自主運営組織だと説明した。このような組織は“相互学習および教育、問題の特定、意思決定、資源の活用および第3者との対話における装置”であると語り、その特徴を “収入創出への目標設定”, “開かれた気持ち”および“民主的”であると指摘した。

続いて、アジア連帯経済評議会(ASEC)のベンジャミン・キニョネス理事長が登場し、社会的連帯経済に関する彼の定義についてさらなる情報提供を行った。この部門を公共部門と民間部門のどちらにも属さないものとして定義した後、 “所有および資源管理への人々の参加”および事業の共同所有者としての“利益の共有”を強調した。彼は“連帯”、“相互依存”および“人間関係の構築” を“啓発的価値観”と特定し、ガバナンス、倫理的価値観、提供される社会開発サービス、環境保護措置および持続可能性の観点から社会的連帯経済を評価する枠組みを提示した。ウタラ大学(マレーシア)のダト・モハマド・ユソフ・カシム教授が協同組合の重要性を強調した後、ケバンサン大学(マレーシア)のデニソン・ジャヤスリア教授は、企業の社会的責任(CSR)同様に協同組合やマイクロクレジットが、市民社会において持続可能な開発を達成する上でのカギとなると語った。

午後にはワークショップが5つ(経済的安全、社会的に責任のあるガバナンス、社会福祉の拡張、健康な環境および価値の啓発)開催され、その後サム・ラトゥランギ大学のパウルス・キンダンゲン教授が、資本主義が多くの人を疎外していることと、貧しい人たちをエンパワーすることの重要性を強調し、連帯経済を “資本主義の不公正な経済慣行からの出口”と定義する一方、資本主義を廃止するのではなくそれとの共存を目指していた。 彼はインドネシア憲法の第33条に言及し、協同組合の役割が“インドネシアにおける経済的民主主義の創造あるいは創設において重要な機関”と規定されていると述べ、“ゴトン・ロヨン”あるいは “マパルス”(日本語の「もやい」に相当)という単語を紹介し、政治的干渉については“共同組合が失敗した理由の一つ”と批判した。インドネシア銀行(同国の中央銀行)のスハエディ氏は金融的包摂をインドネシア経済における最大の課題のうちの一つであると語り、ヴィヴィ・ジョージ女史は女性の生産活動におけるマイクロクレジットの経験を共有した。

2日目(10月2日木曜日)は、2万名近い人の命を奪った2011年の東日本大震災の津波により壊滅的な被害を受けた沿岸地域における地域再生という困難な業務について、PARCICジャパンの井上礼子女史が行った発表から始まった。彼女はソーシャル・キャピタル、市場および経営管理スキルこそが、連帯経済の発展において最も必要とされる要素であると強調した。南スラウェシ州マカサル市はハサヌディン大学のウィム・ポリ教授は、連帯経済を築く上で同情を超える必要があることを述べた。そしてフィリピンの持続可能社会財団のジェイ・ラクサマナ氏は、フィリピンとスイスの両政府間で合意された債務を開発資金に充当するスワップの結果創設された同財団について語り、社会的企業の創設および地域経済の発展への同財団の取り組みについて語った。そしてケーススタディとして、中部ジャワ州のプヌル流域における農業を推進する取り組みについてアリ・プリマトロ氏が語り、3つの達成事項(自助グループの推進、事業開発サービスおよび市場とのつながり)を説明した。ギアン・マンサ氏は、竹の手工芸品についての体験を語った。そしてフィリピンはオン・イーグルズ・ウィング財団のジャン・マリー・ベルナルド女史は社会的連帯経済の5つの柱、すなわち“社会的使命に根ざした、あるいは社会的に責任のあるガバナンス”、“価値観の啓発”、“社会的開発業務”、“環境保護”および“持続可能性”をフリー・レンジ・チキン・サプライチェーンに適用する方法について語った。

そして金融に関するセッションが始まった。シンガポールにあるImpact Investment Exchange Asiaのマグヌス・ヤング氏は、アジアにおける社会的投資の機会について説明し、その後補完通貨についての専門家廣田裕之社会的補完通貨についての説明を行った。その後ケーススタディが3つ発表された: インドネシアのネガラ銀行PNPMがインドネシア語で発表を行い、フィリピンにあるコメとタマネギのサプライチェーンAPPENDが、より良好な条件で農家への融資状況が改善した話を行った。午後にはASEF市場が開催され、バイオエタノール、家屋、手芸品や観光業などさまざまな業種が紹介され、その後ラチマット・モコドンガン氏が北スラウェシ州における有機米の農業を、ピット・ヘイン・プスン氏がManadokotaと呼ばれるマナド市内のITセンターを紹介し、両方の場合でも マパルスの重要性が強調された。最後にシグマ・グローバルのハサン・チャンドラ氏が実業家の立場から、融資を得る困難性について話を行った。

最終日(10月3日(水))は、連帯経済の概念に関する発表3つから始まった。サム・ラトゥランギ大学のヘルマン・カラモイおよびジュリー・ソンダク両教授は、“非営利団体の一つ”、“主にチャリティの基金およびボランティアを通じて商品およびサービスを提供する非営利団体の一部” (Kam, 2010)および“利益あるいは社会への価値を提供および改善する上でビジネスの手法および慣行を適用する組織”という社会的企業の定義を紹介し、これらをチャリティと伝統的な企業の中間に位置づけ、社会的企業の説明責任の重要性を強調した。CCEDNETのイヴォン・ポワリエは、社会的経済、社会的企業や第3セクター(日本語の第3セクターとは違い、英語の第3セクターは非営利セクターの意味)など連帯経済関連で似てはいるものの異なる概念を説明し、世界各地にあるさまざまな概念は強みである一方、これらの努力を統合することは大きな課題であると語った。ブリティッシュ・カウンシルのキム・ショミ(韓国)は、社会変革に若者を巻き込むプロジェクトであるグローバル・チェンジメーカーについて語った。そしてサム・ラトゥランギ大学国際ビジネス経営学院の教員が、教育経験および別のコミュニティ研修センターILMUについて話した。

そして最後の全体会では、発表が4つ行われた。AKSI-UI財団(インドネシア)のベニート・ロプララン氏とデウィ・フタバラト女史は、インドネシア人がマレーシア人あるいは東ティモール人と協力している事例を紹介した。Ekovivo(フランス)のオリヴィエ・アンドラン氏およびフロランス・ヴァル女史は、ウェブ上での視覚性を高めることにより社会的企業が融資を受けやすくするプロジェクトを紹介した。リカルト・B・アベフエラ氏およびモニック・センケイ女史は、インドネシアとフィリピンとの国境地帯の島に適用されている合意が、今となっては両国間の貿易を妨げ、連帯経済の推進においても障害となっていることを指摘した。そして最後にサム・ラトゥランギ大学国際ビジネス経営学院のイヴァナ・テー女史が、アジアにおける連帯経済の活動家が生産した商品を販売するポータルサイトとしてのwww.asefonlinemall.comを紹介した。そして閉会式では、素晴らしい社会的企業のプロジェクトを提出した学生に対して賞が授与された。

このフォーラムがビジネススクールによって開催されたことは、メリットもデメリットもあったといえる。メリットとしてはビジネス管理やマーケティングなどのスキルにおける専門知識を強調したい。また、インドネシアでは英語は公用語になっていないことを考えると、同学院の学生の流暢な英語力は評価に値するといえよう。

しかし同時に、このフォーラムではアジア、特に開催国インドネシアにおける連帯経済の将来に対していくつかの課題も提示された。まず、このフォーラムでは社会的企業が中心に据えられ、協同組合運動や自主運営、およびこれら企業と社会的運動との関連に対して十分に脚光が当てられているとは言えなかった。中南米の事例を知る筆者の観点からすると、連帯経済、特に貧困削減における中間層の役割は、中間層自身が社会的企業を作るというよりも、貧困層が自分たちの協同組合を設立できるよう支援することであるが、アジアと中南米の歴史的背景が完全に異なり、かつてのチャリティプロジェクトから社会的企業が発展してきた事実を鑑みると、少なくてもアジア各国での業績全てに対してきちんとした敬意を払う必要がある。

もう一点、会議中インドネシア語がそれほど使われなかったことにより、一般インドネシア人がこの貴重な会議に参加できなかったことも残念な点として指摘しておきたい。連帯経済は普通の人たちのためのものである以上、一般民が理解できる形で会議を行い、具体的には英語とインドネシア語との同時通訳が提供されていれば理解に役立ったことだろう。

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欧州訪問記

10月 31, 2007

今月私はヨーロッパを訪れ、補完通貨システムや関連テーマの関係でいろいろと勉強してきた。時間順にごく短く紹介したい。

まずスイスはチューリッヒに到着し、歴史上の通貨制度についての研究を行っている世界でも貴重なMoney Museum を訪問した(注:この博物館は毎週火曜午後のみ開館)。また、この博物館を運営しているSunflower Foundation が2010年に、通貨制度の専門家たちが意見を交換したり、補完通貨の実践例を紹介したりするMoney Forumを開催する予定だという話も聞いた。夜には古代ローマのコインについての講演会に参加したが、それによるとユリウス・カエサルが暗殺された理由がコインから読み取れるらしく(元老院が彼のことを好ましく思っていなかったらしい)、通貨が伝えるメッセージに私は興味を持った。

翌日はローザンヌに移動し、世界各地で社会的な融資制度を実施しているフランソワ・ド・ジーベンタール(François de Siebenthal)氏と面会した(彼の事業についてはこちらを参照)。最初の実践例はマダガスカルで生まれ、灌漑設備や住宅、教会や文化センターなどの建設資金を補完通貨で融資しており、彼によればうまく行っているという。またベーシックインカム(基礎所得)の重要性も彼は語り、自らのプロジェクトでそれを実現していると強調した。また面白いエピソードとして、スイスでは一般市民が周辺のユーロ諸国と比べて中央銀行の統括権を持っており、自治ができていることを誇りにしていた。

その後フランスはリールに移動し、相互扶助活動の他に連帯経済関係者の間で使えるポイントカードの機能も持つ電子補完通貨システムのSOLプロジェクト についての会議に参加した。この会議はフィリップ・デリュデ(Philippe Derruder)氏の基調講演から始まり、彼は現在の通貨制度が環境や社会の改善に役に立っていないと述べ、お金とは「社会的信頼に基づいた人間関係」に過ぎないとしたあとで現在の「金融部門による通貨創造の不当性」を指摘し、補完通貨が経済的自治の道具であると語った。SOLプロジェクトの運営委員であるセリナ・ウィタカー(Célina Whitaker)女史が補完通貨一般やSOLプロジェクトに関して説明を行った後で、SOLを受け取る事業所(フェアトレードの店、自転車のシェアリングを推進するNPOなど)の視察が行われた。現在のところ、リールを中心とするノール・パ・ド・キャレー地方では1500枚のカードが発行されており、2008年12月にこの実験期間が終わってからどのようにこのシステムを継続するかが課題であるということである。

最後の目的地はスペインの首都マドリッドで、ここでは私が補完通貨についての一般的な講演を行った。Stro (オランダのNGO)のヤップ・フィンク(Jaap Vink)氏が、ブラジル・ポルトアレグレ市ですでにComprasという名前で実践され、575社が41万レアル(約2700万円)を流通させている、法定通貨を担保とした内部交換システムC3 (Circuit of Consumers and Commerce)や商品の担保のある中米(ホンジュラスやエルサルバドル)の事例(詳細はこちらで)、そしてブラジルはフォルタレーザ市のFomento(仕組みを理解するにはこちらを参照)といった、実施されているプロジェクトについての説明を行った。私の講演のあとで、カナリア諸島在住のステファニア・ストレーガ(Stefania Strega)女史が、ちょうど自然界における窒素のようにお金は循環すべきだと話し、全体的なビジョンの重要性を強調した。問題のある家庭向けや若者向けのものなど、Bancos del Tiempo(時間銀行)の実践例が紹介され、今後まだまだ成長してゆくと確信した。

翌日はこれ以外にもスペインで生まれている面白い話を聞いてきた。たとえば、スペインのみならず中南米についても情報満載の連帯経済のポータルサイト国境なき経済学者団(Economistas sin Fronteras)、また明るい未来につながるニュースだけを紹介するwww.noticiaspositivas.net(英国のサイトwww.positivenews.org.ukのスペイン語版)と、連帯金融を行う銀行coop57である。できることならこんなスペインに住んでいろんなことに取り組みたいものだが…。

ヴェルグル(オーストリア)訪問記

11月 7, 2006

資料館の展示物ウンターグッゲンベルガー研究所ヴェャ??カ・シュピールビヒラー女史市役所隣にあるミヒャエル・ウンターグッゲンベルガーの記念碑 里程標

2006年11月3日、私はオーストリア・チロル州ヴェルグル市にあるウンターグッゲンベルガー研究所を訪れ、1930年代に同地で行われた歴史的な事例「労働証明書」や現在の計画についてヴェロニカ・シュピールビヒラー(Veronika Spielbichler)女史と話をした。

ヴェルグル駅に到着した私の関心をまず引いたのは、里程標である。とりあえず紀元1年1月1日に1ユーロが毎年3%の複利で預けたと仮定して、歴史的できごと(たとえばエルサレムの陥落, ニカエア公会議, コンスタンチノープルの陥落バスチーユ牢獄の襲撃が起きた時点でその預金がどれだけの額にまで膨らんでいるかを紹介していた(最後のほうでは数え切れない額にまで利息が膨れ上がっている)。通貨制度改革の重要性を強調する意味で、当然ながらシルビオ・ゲゼルによる「自然的経済秩序」(書籍, 里程標)の発行(1916年)や同市での「労働証明書」の発行(1932年)もこの歴史的できごとに加えられている。

その後私は、ミヒャエル・ウンターグッゲンベルガーがかつて住んだ家にあるウンターグッゲンベルガー研究所を訪れた。シュピールビヒラー女史は私た ちを町 の資料館に連れて行ってくれ、そこでこの歴史的事例に関する写真や出版物などを見せてくれた。1932年に当時ヴェルグル町長であったミヒャエル・ウン ターグッゲンベルガーは、地域経済の発行のために「労働証明書」を発行し、これは「減価する貨幣」(たとえば1000円札であれば、次の月になるたびに手 許にあるお札1枚につき10円手数料を払わなければならない、つまり毎月1%の減価)のために多大なる成功を収めた。この事例は翌年オーストリア当局に よって禁止されたが、シルビオ・ゲゼルが1916年に「自然的経済秩序」で提案した「減価する貨幣」の最大の成功例としてこの事例は世界中で知られてい る。

しかし、それよりも重要な点はこれが単なる過去の遺物でない点である。シュピールビヒラー女史はヴェルグルの現状についても語ってくれた。この里程 標は市 役所(市長のメッセージつき)の他、1930年代にこの実践を支援してくれた銀行から資金提供を受けて作成されたものだが、これにより地域社会が今でもこ の実践を記憶していることがわかる。ウンターグッゲンベルガー研究所では欧州での現在の事例を収集したり、地域通貨の実践を考えている地域にアドバイスを 行ったりしているほか、現在同市で青少年が地域活動をするようにするためのI-motionの導入を積極的に支援している。同女史によれば、2007年は「自由貨幣年」としてさまざまなイベント(展示会や演劇など)が行われる見込みだという。

(訂正: 里程標プロジェクトに資金を出した銀行は、1932年の実践を支援した銀行とは別だそうです。ヴェロニカ・シュピールビヒラー女史、ありがとうございます)

地元で起こった歴史的なできごとを今でも覚えている人が多いのは非常によいことである。地元の運動がさらに発展することを祈ってやまない。