第2回アジア連帯経済フォーラム

4月 15, 2010

第2回アジア連帯経済フォーラムが、2009年11月7日(土)と8日(日)に東京都内の国連大学、青山学院大学およびウィメンズ・プラザで開催された。11ヶ国から約320名がこの国際イベントに参加し、日本、アジア各国およびそれ以外の世界における連帯経済の理論的基盤や実践例を学んだ。さらに、10を超えるNGOがブースで製品や実践活動を紹介し、訪問者に対して連帯経済の幅広い活動を紹介した。

この会議は、PARC (アジア太平洋資料センター)の創設者の一人である北沢洋子女史のイントロスピーチから始まり、そこで彼女はアジアにおいて「連帯経済」という用語がほとんど使われていないことを認めた上で、欧州における連帯経済の歴史的発展の経過に加え、この運動を推進してきた主要なグローバルネットワークとしてRIPESSやAlliance 21内のWSSEについて紹介した。その後FPH財団のピエール・カラム(Pierre Calame)氏によるビデオ講演が行われ、そこで彼は今や使い古されている「21世紀はアジアの時代」という表現が連帯経済にもあてはまると語り、「テリトリー」(日本語にするなら「地域」。フランス語圏の人はこの用語を好んだが、英語圏の人は「コミュニティ」という表現のほうがよいと考える傾向にある)が自分たちの通貨やエネルギー源を管理できるように私たちの経済を変革し、地域の労働力を社会統合のために使い、より自給自足可能な地域づくりを目指すべきだと主張した。

セッション1は世界における連帯経済の展望についてであり、発表者3名がその展望を共有した(他にもブラジルからの参加者が予定されていたが、急病のために急遽欠席した)。まずカナダ・ケベック州からヴァンサン・ダジュネー(Vincent Dagenais)氏が、融資を受けられない貧しい人たちが受ける社会的疎外、市民参加型の地域運営の必要性および食料主権という3つの主要課題を話題にし、グローバル化により人々が疎外(exclude)されるのに対し連帯経済は人々を包摂(include)すると結論付けた。次にフランスのマルテーヌ・テヴニオー(Martine Theveniaut)女史とカナダのイヴォン・ポワリエ(Yvon Poirier)氏が、「パクト・ロコー」(”Pactes Locaux”、訳すと「地域合意」)と呼ばれる、地域ベースの活動(環境、社会、文化、金融およびガバナンス)を世界的にリンクする取り組みを紹介した。3番目に話したジョブ・オーストラリアのデヴィッド・トンプソン(David Thompson)氏は、同国では貪欲に利益を追求する主流経済と公共の利益を追求するもう一つの経済が存在すると指摘し、気候変動やピークオイル(原油の生産量が今後減るという見通し)、また食糧危機などといった今日の深刻な問題により、さらなる変革が生まれることを希望した。

セッション2ではアジアに焦点が当てられ、5ヶ国から6名が発表を行った。まず、2007年10月にフィリピン・マニラで第1回アジア連帯経済フォーラムを開催したベンジャミン・キニョネス(Benjamin Quiñones)氏が、社会や環境に対して責任を持つ同国の中小企業によるネットワークCSRSMEについて紹介し、このネットワークの中での原料供給や企業活動の改善が課題であると語った。次にマレーシア・バイナリー大学のデニソン・ジャヤスリア(Denison Jayasooria)氏が、経済発展を遂げたものの貧富の差や都市と農村における開発の差が未だ大きい同国の現状を簡単に紹介した後に、むしろこの現状を克服すべくマイクロクレジットや生産協同組合(ワーカーズ・コレクティブ)など新たな実践例が生まれているきっかけになっていると肯定的なコメントを行った。そして実践例として、マレーシア全国の42地域でITハブセンターを築き、特に各地域の女性がこのインターネットを活用して商品やサービスの販売を改善できるようにしているショーン・イサック(Shaun Isaac)氏の取り組みが紹介された。その後インドにある自営女性連合(SEWA)のイラ・シャー(Ira Shah)女史が、マイクロクレジットの実践例や、インド国内のみならずアフガニスタンを含む周辺諸国に広がった女性のネットワークについて説明した。

4番目に韓国の社会投資支援財団のチャン・ウォンボン(장원봉)氏が、同国における社会的企業および自立支援センターの現状について話した。現在韓国には、労働部(日本風にいうなら労働省)が認定した社会的企業が251社あり、これらは雇用創出あるいは社会サービスの提供(その両方の場合もあり)を主要目標としており、社会的弱者や高齢者、および障害者に対して活動を行っている。また、自立支援センターは242ヶ所あり、2967の事例により2万6691名に雇用が生み出されている。最後に日本の早稲田大学の西川潤氏が日本経済の構造について話を行い、日本では政治家など従来型のエリートが、農協や消費者生協などの非営利セクターに対し、支援というよりも支配を行ってきたが、1990年代より新たな形の非営利活動が生まれていると説明した。

セッション3では連帯金融が取り扱われ、4名が発表を行った。まず国際労働機関のバーント・バルケンホール(Bernd Balkenhol)氏が、連帯金融の概要や従来型の金融との違いを紹介し、利益のみならず環境や社会面での価値も追求するのが連帯金融だと述べた。次にINAISEのヴィヴィアンヌ・ヴァンドムルブルック女史がその組織や、オランダのトリオドス銀行やアイルランドのクラン・クレド、そしてフランスのLa NEFなど同組織の会員団体の活動を紹介した。3番目に、米国ワシントンDCに本拠を置くNGOであるMIXのミコル・ピステッリ(Micol Pistelli)女史が、世界各地のマイクロクレジットの業績分析について説明した。最後に日本から、大和総研の河口真理子女史が同国における社会的金融の現状を説明し、従来型の金融機関が提供する社会的金融サービスを非営利部門ももっと利用すべきだと提案した。

セッション4では、社会的企業の果たす役割が取り上げられた。セッション2でも登場したベンジャミン・キニョネス氏は、職人グループや連帯観光、安価な住宅や健康によいコーヒー、葬儀サービスや有機緑茶など、タイ、マレーシア、インドネシアおよびフィリピンで実施されているさまざまな社会的企業や生産協同組合の実例を紹介した。次にワーカーズ・コレクティブ・ネットワーク・ジャパンの藤木千草女史が、食事サービス(レストランやお弁当)、パン屋、ジャム、カフェ、保育園および高齢者向け交通サービスなど日本における多様な事例を紹介した。3番目に、韓国・共に働く財団のハ・ジョンウン(하정은)女史が、同国における悲惨な労働条件に苦しむ貧窮層によりよい就労機会を提供するために社会的企業が生まれたと説明し、法制度を通じて政府が最大2年間、社会的企業と認定された企業に補助金を出すと話した。最後に日本・聖学院大学の大高研道氏が日本における連帯経済の課題について述べ、社会的疎外の実例をいくつか示した後で既存の連帯経済の担い手が社会的・地域的な包摂も行うべきだと提案した。

日曜の午前には、「社会的金融」、「フェアトレード」、「高齢者介護と医療」、「自給自足的なコミュニティ」および「国際連帯税」という5つのテーマでワークショップが開催された。その後セッション5では連帯経済の達成度に関する指標や測定方法について議論が行われた。まず、セッション3でも発表を行ったミコル・ピステッリ女史が、自らが所属するMIXというNGOが用いている評価手法の詳細を説明した。その後フィリピンのASKIという団体のローランド・ヴィクトリア(Rolando Victoria)氏が、A-という最終評価を得た評価について語った。最後にパリから来たエディス・シズー(Edith Sizoo)女史が、人間の責任憲章の意義について説明した。最後のセッションではこのフォーラムのコンセンサス文書の編集作業が行われ、最終文書は間もなく公開されることになっている。第3回アジア連帯経済フォーラムは、2011年にマレーシアで開催予定である。

今回の会議についてであるが、日本においては連帯経済の担い手の多くが中流の上の人たちで占められており、特に有機食品や高齢者介護といったニーズの充足に対する関心は高いものの、雇用創出や貧困撲滅といった課題は顧客満足度よりも重要度が低い点が感じられた。しかしながら日本も、高齢化に加え政府部門の債務増大、また中産階級の解体など社会や経済の構造面で劇的な変化を迎えており、連帯経済として現状に本当に苦しんでいる人たちに代替案を提示したいのであれば、日本においても連帯経済運動全体としてこれら傾向にもっと配慮することが不可欠であろう。

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ブログ再開

4月 14, 2010

まず、2年半もの間このブログを放置状態にしてしまっていたことをお詫びしたいと思う。

ブログの更新をやめてしまった理由の一つに、6ヶ国語でコンテンツを準備する手間というのが挙げられる。これまでの反応などを考えてると、ドイツ語 やフランス語でブログを書くのをやめて、より反応の多いバージョンに集中したほうがよさそうだという結論に達した。このため今後は、英語・韓国語・スペイ ン語・日本語(五十音順)の4ヶ国語でブログを書いてゆくことにしたい。

最近かなり面白いニュースなどもなるので、できるだけ早く更新したいと思う。乞うご期待。

Miguel Yasuyuki Hirota

「経済の民主化に向けて」ブログ作者

欧州訪問記

10月 31, 2007

今月私はヨーロッパを訪れ、補完通貨システムや関連テーマの関係でいろいろと勉強してきた。時間順にごく短く紹介したい。

まずスイスはチューリッヒに到着し、歴史上の通貨制度についての研究を行っている世界でも貴重なMoney Museum を訪問した(注:この博物館は毎週火曜午後のみ開館)。また、この博物館を運営しているSunflower Foundation が2010年に、通貨制度の専門家たちが意見を交換したり、補完通貨の実践例を紹介したりするMoney Forumを開催する予定だという話も聞いた。夜には古代ローマのコインについての講演会に参加したが、それによるとユリウス・カエサルが暗殺された理由がコインから読み取れるらしく(元老院が彼のことを好ましく思っていなかったらしい)、通貨が伝えるメッセージに私は興味を持った。

翌日はローザンヌに移動し、世界各地で社会的な融資制度を実施しているフランソワ・ド・ジーベンタール(François de Siebenthal)氏と面会した(彼の事業についてはこちらを参照)。最初の実践例はマダガスカルで生まれ、灌漑設備や住宅、教会や文化センターなどの建設資金を補完通貨で融資しており、彼によればうまく行っているという。またベーシックインカム(基礎所得)の重要性も彼は語り、自らのプロジェクトでそれを実現していると強調した。また面白いエピソードとして、スイスでは一般市民が周辺のユーロ諸国と比べて中央銀行の統括権を持っており、自治ができていることを誇りにしていた。

その後フランスはリールに移動し、相互扶助活動の他に連帯経済関係者の間で使えるポイントカードの機能も持つ電子補完通貨システムのSOLプロジェクト についての会議に参加した。この会議はフィリップ・デリュデ(Philippe Derruder)氏の基調講演から始まり、彼は現在の通貨制度が環境や社会の改善に役に立っていないと述べ、お金とは「社会的信頼に基づいた人間関係」に過ぎないとしたあとで現在の「金融部門による通貨創造の不当性」を指摘し、補完通貨が経済的自治の道具であると語った。SOLプロジェクトの運営委員であるセリナ・ウィタカー(Célina Whitaker)女史が補完通貨一般やSOLプロジェクトに関して説明を行った後で、SOLを受け取る事業所(フェアトレードの店、自転車のシェアリングを推進するNPOなど)の視察が行われた。現在のところ、リールを中心とするノール・パ・ド・キャレー地方では1500枚のカードが発行されており、2008年12月にこの実験期間が終わってからどのようにこのシステムを継続するかが課題であるということである。

最後の目的地はスペインの首都マドリッドで、ここでは私が補完通貨についての一般的な講演を行った。Stro (オランダのNGO)のヤップ・フィンク(Jaap Vink)氏が、ブラジル・ポルトアレグレ市ですでにComprasという名前で実践され、575社が41万レアル(約2700万円)を流通させている、法定通貨を担保とした内部交換システムC3 (Circuit of Consumers and Commerce)や商品の担保のある中米(ホンジュラスやエルサルバドル)の事例(詳細はこちらで)、そしてブラジルはフォルタレーザ市のFomento(仕組みを理解するにはこちらを参照)といった、実施されているプロジェクトについての説明を行った。私の講演のあとで、カナリア諸島在住のステファニア・ストレーガ(Stefania Strega)女史が、ちょうど自然界における窒素のようにお金は循環すべきだと話し、全体的なビジョンの重要性を強調した。問題のある家庭向けや若者向けのものなど、Bancos del Tiempo(時間銀行)の実践例が紹介され、今後まだまだ成長してゆくと確信した。

翌日はこれ以外にもスペインで生まれている面白い話を聞いてきた。たとえば、スペインのみならず中南米についても情報満載の連帯経済のポータルサイト国境なき経済学者団(Economistas sin Fronteras)、また明るい未来につながるニュースだけを紹介するwww.noticiaspositivas.net(英国のサイトwww.positivenews.org.ukのスペイン語版)と、連帯金融を行う銀行coop57である。できることならこんなスペインに住んでいろんなことに取り組みたいものだが…。

ヴェルグル(オーストリア)訪問記

11月 7, 2006

資料館の展示物ウンターグッゲンベルガー研究所ヴェャ??カ・シュピールビヒラー女史市役所隣にあるミヒャエル・ウンターグッゲンベルガーの記念碑 里程標

2006年11月3日、私はオーストリア・チロル州ヴェルグル市にあるウンターグッゲンベルガー研究所を訪れ、1930年代に同地で行われた歴史的な事例「労働証明書」や現在の計画についてヴェロニカ・シュピールビヒラー(Veronika Spielbichler)女史と話をした。

ヴェルグル駅に到着した私の関心をまず引いたのは、里程標である。とりあえず紀元1年1月1日に1ユーロが毎年3%の複利で預けたと仮定して、歴史的できごと(たとえばエルサレムの陥落, ニカエア公会議, コンスタンチノープルの陥落バスチーユ牢獄の襲撃が起きた時点でその預金がどれだけの額にまで膨らんでいるかを紹介していた(最後のほうでは数え切れない額にまで利息が膨れ上がっている)。通貨制度改革の重要性を強調する意味で、当然ながらシルビオ・ゲゼルによる「自然的経済秩序」(書籍, 里程標)の発行(1916年)や同市での「労働証明書」の発行(1932年)もこの歴史的できごとに加えられている。

その後私は、ミヒャエル・ウンターグッゲンベルガーがかつて住んだ家にあるウンターグッゲンベルガー研究所を訪れた。シュピールビヒラー女史は私た ちを町 の資料館に連れて行ってくれ、そこでこの歴史的事例に関する写真や出版物などを見せてくれた。1932年に当時ヴェルグル町長であったミヒャエル・ウン ターグッゲンベルガーは、地域経済の発行のために「労働証明書」を発行し、これは「減価する貨幣」(たとえば1000円札であれば、次の月になるたびに手 許にあるお札1枚につき10円手数料を払わなければならない、つまり毎月1%の減価)のために多大なる成功を収めた。この事例は翌年オーストリア当局に よって禁止されたが、シルビオ・ゲゼルが1916年に「自然的経済秩序」で提案した「減価する貨幣」の最大の成功例としてこの事例は世界中で知られてい る。

しかし、それよりも重要な点はこれが単なる過去の遺物でない点である。シュピールビヒラー女史はヴェルグルの現状についても語ってくれた。この里程 標は市 役所(市長のメッセージつき)の他、1930年代にこの実践を支援してくれた銀行から資金提供を受けて作成されたものだが、これにより地域社会が今でもこ の実践を記憶していることがわかる。ウンターグッゲンベルガー研究所では欧州での現在の事例を収集したり、地域通貨の実践を考えている地域にアドバイスを 行ったりしているほか、現在同市で青少年が地域活動をするようにするためのI-motionの導入を積極的に支援している。同女史によれば、2007年は「自由貨幣年」としてさまざまなイベント(展示会や演劇など)が行われる見込みだという。

(訂正: 里程標プロジェクトに資金を出した銀行は、1932年の実践を支援した銀行とは別だそうです。ヴェロニカ・シュピールビヒラー女史、ありがとうございます)

地元で起こった歴史的なできごとを今でも覚えている人が多いのは非常によいことである。地元の運動がさらに発展することを祈ってやまない。

国際会議「通貨の地域化」がドイツで開催

10月 9, 2006

国際学術会議「通貨の地域化 – 自律的な地域発展のきっかけとしての地域通貨システム」(ワイマール大学主催)が、ドイツ・ワイマール市で9月28日(木)と29日(金)の2日間にわたって開催され、ドイツ国内をはじめ欧州各国やアルゼンチン・インドネシア・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカなど世界各国から250人余りが参加した。グローバル化の影響を受ける中で各地域が自立的に発展する道具として地域通貨をとらえている研究者などがドイツ国内外から参加し、それぞれの観点から貴重な研究を発表した。

第1日目(28日)は基調講演として、道教の陰陽の観点から地域通貨を「補完通貨」の一部に分類したベルナルド・リエター氏が、インターネットを通じて補完通貨の役割についての講演を行う予定であったが、技術的な問題から急遽、リエター氏と長年にわたって補完通貨の研究や推進に関する活動を行っているマルグリット・ケネディ女史が代役を果たした。彼(実際は彼女)によると、陽は競争や拡張主義など男性的な価値観を、陰は平等や持続可能性など女性的な価値観を象徴するが、現在の経済システムは陽的な要素を推進する法定通貨のみで動いているために陰陽のバランスを欠いた社会になっており、その欠けた陰を補完するのが補完通貨の役割であるという。

その後、欧米での歴史的事例の発表が行われた。フランス・リヨン大学のジェローム・ブラン氏は、地域通貨は地方自治体・市民団体・地場企業・銀行などが地域経済の活性化や自律的な発展のために発行し、フランスやドイツでは近代化が始まった当時は各地の銀行がそれぞれ通貨を発行していた点や、19世紀から20世紀にかけてさまざまな実践があったことを明らかにした。また、米国オクラホマ中央大学のローレン・ガッチュ氏は、大恐慌のさなかの1930年代に米国でも地方自治体や企業などがさまざまな地域通貨を発行した点に触れた上で、あくまでも各個人や企業の自己利益の道具として地域通貨を設計する必要性を強調した。

次に、「地域」の枠組みに関する発表が行われた。英国ロンドン大学のロジャー・リー氏は、経済は国家単位ではなく「圏」単位で運営されているという観点から、昨今のグローバル化によって伝統的な「圏」が危機にさらされているため、地域限定の地域通貨によって「圏」を作ることの重要性を述べた。次にウィーン大学のロバート・ムージル氏がネットワーク論の観点から地域の考察を行い、豊かな地域が貧しい地域を支配しがちな現状を紹介した上で、地域のたすけあい活動から金融活動に至るさまざまな地域活動に対してさまざまな地域通貨が必要とされている点を述べた。さらに、夕食後には英国ウォーウィック大学のナイジェル・スリフト氏が、現代社会がますます金融資本の論理で動かされている現状を述べた上で、より社会面や地域発展などの側面に考慮した金融制度の必要性を述べた。

2日目は、ベルリン工科大学のマーティナ・シェーファー女史が、ドイツでここ4年ほどの間に広がりつつある「地方通貨」(REGIO)という試みに関する発表を行った。日本では一般的に地域のふれあい作りの手段として地域通貨が認識されている傾向があるが、それだけでなく地産地消型経済の構築やNPO活動の推進などの目的も達成するする道具としてREGIOが使われていることや、REGIOの成功のために必要ないくつかのポイントも紹介された。その後米国・アイオワ州ドート大学のジョナサン・ワーナー氏が米国における最近の地域通貨運動について紹介した。

その後、いわゆる主流派の経済学者による地域通貨分析も紹介された。まずドイツ・コットブス工科大学のウォルフガング・セザンヌ氏がマクロ経済学的な観点から地域通貨や、シルビオ・ゲゼル(1862-1930)の提唱した「減価する貨幣」に関する考察を発表した。その後同じくドイツはレーゲンスブルク大学のゲアハルト・レースル氏(ドイツ連邦銀行での勤務経験あり)がドイツの地域通貨の現状分析を行った。レースル氏自体は地域通貨の有効性に関しては懐疑的な立場ではあるものの、中央銀行の元職員として地域通貨の積極的な活用には賛成している点を述べた。さらにオルデンブルク大学のヘンイング・オスマース氏が、地域通貨の導入によってどのように通貨政策が影響を受けるかという点を述べた。

午後には、世界各地の地域通貨の実践例が紹介された。まず、イギリス・リバプール大学のピーター・ノース氏が、ハンガリーでの地域通貨運動の特徴を紹介した。次に韓国・大田大学校の千京煕女史が、大田市で活動中のハンバンLETSなど韓国の地域通貨情勢についてプレゼンを行った。また、イギリスのイースト・アングリア大学のジル・セイファン女史は、イギリス各地で運営されているタイムバンク(日本の「ふれあい切符」に似た制度)が、LETSと相互補完的な関係にあることを紹介した。

最後のセッションでは、オランダのNGOストロハルム財団の職員として地域通貨の普及に取り組んでいるスティーブン・ドミリオネア氏が、東南アジアや中南米など発展途上国での地域通貨の事例について紹介した。その後バーバラ・ロッスマイスル女史がアルゼンチンのRGTに関する分析を発表した。そしてアルゼンチン・ブエノスアイレスのエロイサ・プリマベーラ女史が、アルゼンチンやブラジルなどで取り組まれている「コリブリ・プロジェクト」と呼ばれる地域開発プロジェクトについて講演を行った。

今回私が強く感じた点としては、現在われわれが直面している社会的・経済的問題と現在の通貨制度が大きく関連しており、だからこそそれを克服するために地域通貨など通貨制度を創出する必要があるという意識が、参加者すべてに共有されていた点である。今回の会議の内容については近日中にまとめられてホームページや出版物として英語やドイツ語で公開される予定である。

WIR銀行: 中小企業を助けるスイスの実践例

6月 3, 2006

地域通貨などの取組は実業界とは関係ないと誤解している人がいるが、スイスで1934年に創設されたWIR銀行(ドイツ語・フランス語・イタリア語)は、WIR(ドイツ語で「私たち」の意味)と呼ばれる補完通貨で低利融資を提供することで中小企業を助けている。

この銀行が創設されたのは、まさにスイスが大恐慌の影響に苦しんでいる時期であった。ゲゼルの「自由貨幣」の理論を知っていた人たちが集まり決済組合を作ったが、これが後に協同組合銀行となる。スイスフラン(CHF)の流通が不十分だったことから、CHFではなくWIRが交換手段として使われた。WIR銀行は1948年にゲゼルが提唱した減価を注視したが、現在でもスイスの中小企業間での取引を手助けしている。

この銀行の会員になれるのは、基本的に中小企業だけだ。彼らはCHFと並行してCHFと同価のWIRを、他の会員企業との取引で使う(たとえばWIR30+CHF70)。また、WIR建てだとCHF建てよりも低利で融資を受けられるが、それはWIRはWIR銀行自らが創造できるのに対し、CHFの場合は公定歩合を負担しなければならないからだ。こうして、たとえば公定歩合が3%の場合、WIRでは2%、CHFでは5%の利率になるわけだ。

他にも、WIR銀行の会員になることで顧客が増えるというメリットもある。WIRは非会員(大企業や外国企業)には使えないため、WIR銀行の会員は他の企業を引きつけることができる。こうして自分たちの購買力が国境外へと流出することを防げるのだ。

ある調査(英語)によると、WIR銀行は景気変動を調節し、従来の経済を補完する役割があるという(次回紹介)。WIR銀行の会員は不況時にはWIRでの取引を増やす一方、好況時にはWIRでの取引を減らすため、不況をそれほど恐れる心配がなくなる。70年以上の歴史から学べることはたくさんあることだろう。

WIR銀行についての本(英語)

開かれた通貨宣言

5月 22, 2006

現在の社会の基盤として、民主主義や人権、自由などの概念がある。これらの価値を抑圧する人は国際社会から非難される危険を冒す一方で、NGOなどの擁護者は世界中から支援を得られる可能性がある。

開かれた通貨宣言は、現代社会の業績を経済分野に応用したものである。1948年に国連で採択された世界人権宣言からの引用に始まり、現在の通貨システムの正統性について疑問を投げかけている。

  • 非民主的な管理: お金は誰もが必要な道具であるが、現在このお金は民間銀行が管理しており、誰が融資を受けられ事業を始められるかは銀行次第である。
  • 高価: お金の借り手は元金に加え複利を負担する必要がある一方で、利益は限られた人間だけが掌中にする。
  • 退蔵可能: お金の所有者はお金を好きな期間退蔵ができるが、これによりお金の流通が阻害され、本当に必要な人が迷惑を受ける。
  • 不公平: 複利の存在により、大多数の貧しい人を犠牲にして豊かな人の資産が増えてゆく(詳細はケネディを参照)
  • 持続不可能: 永遠に指数関数的な成長を要求する現在の通貨システムは遅かれ早かれ破綻する運命にある

簡単にいうと、われわれの通貨システムは非民主的で、人権や自由を考慮していないわけだ。

通貨システムは自然法則ではなく合意事項であり、これは人間のニーズに合わせて作成され、今でも改編可能であることに留意されたい。われわれの交換手段がわれわれの価値のためになるようにするためには、通貨システムを改編する必要があるわけだ。

ドイツのキームガウアー: 地域経済の自律性を取り戻す新通貨

5月 16, 2006

大多数の人を犠牲にして少数の人だけを豊かにするグローバル化によって数多くの対抗運動が出現してきたが、その中でも慧眼な人は別の通貨システムで現行の社会経済システムを根本的に変革できる可能性があることに気づいている。今回は前回紹介した1930年代の素晴らしい実験が行われた場所からそれほど遠くない小さな町の興味深い取り組みをご紹介したい。

ミュンヘンから80キロ東にあるプリーン・アム・キームゼーは、数多くの人がキーム湖で夏の休暇を過ごすバイエルンでも有数の行楽地だ。ゲゼルや ヴェルグルなどを学び、この地で高校教師をしていたクリスティアン・ゲレーリは、2002年の秋に地域通貨を運営するプログラムを考え付いた。6人の女子 生徒が参加に興味を示し、キームガウアーのプロジェクトが翌年1月に始まった。

このシステムはNPO・一般市民・地元企業の間で誰もが得する関係の構築を目的として計画された。それぞれが以下のようなメリットを享受し、この交換手段が地産地消を促進する。

* NPO: 100キームガウアー(=€100)を€97で仕入れ、一般市民に€100で販売するため、儲けとなる€3を自分たちの活動費に充当できる。
* 一般市民: €100で100キームガウアーを買い入れ、額面価格のままで地元商店に支払うため、追加支出なしで地元のNPOに消費額の3%を寄付できる。
* 地元企業: 受け取った100キームガウアーを他の地元企業への支払いに使うか、5%の手数料を負担して€95に両替する。5%の手数料は広告費とみなされ、これにより地域貢献を望む消費者をひきつけることができる。
* キームガウアー事務局: 100キームガウアーを€97で売り、€95で再交換する。差額の€2は運営費に充当される。

利用者やキームガウアーでの地元企業の売上額は右肩上がりを続けてきた。現在では700人の市民と380もの地元企業がこのシステムに参加し、年間で72万キームガウアーもの売上を記録している(詳細はこちらで)。ICカードの導入によりさらなる成長が期待されているこのシステムは、ドイツ国内外の注目を集めている。

オーストリアで地域経済を復活させた地域通貨

5月 9, 2006

ゲゼルの減価理論はたいてい、オーストリアのヴェルグルという町で大恐慌の時代に実践された成功例とともに語られる。今回はこのティロル地方の町で、この通貨システムがどのように地域経済の回復に一役買ったかを紹介したい。

この小さな町は当時、他の町同様不況に喘いでいた。1932年春にはわずか人口4216人の町で350人が失業しており、そのうち200人以上は失 業保険も切れていた。税収も減り、町役場も破産の危機にあった。そこで町長であったミヒャエル・ウンターグッゲンバーガーはこの苦境から脱出するために、 1932年7月に地域通貨として「労働証明書」の発行を決断した。

1・5・10シリングの労働証明書が印刷され、町役場から建設労働者に賃金として支払われた。各紙幣は月末になると有効期限を迎え、それを再度有効 にするには額面金額の100分の1のスタンプが必要であった。つまり、たとえば1000円の労働証明書を今日(5月9日)に受け取ったとすると、この紙幣 は5月31日までしか有効ではなく、今月中にこの紙幣を使いきれなかった場合には10円のスタンプを買って貼らなければならない。そのためこのお札を受け 取った人間はこのお札を手元に置いておくのではなく使うことを推奨され、これによりヴェルグルの経済活動が息を吹き返した。平均でわずか5490シリング の通貨供給で250万シリング以上の取引がわずか1年あまりの間に起こり、町役場はこのお札のおかげで公共事業に10万シリング以上支出ができるようにな り、また失業も4分の1減った。さらに税金の前払いを申し出る人さえ出るほど(いくら十分に収入があっても、あなたならそうするだろうか?)みんなが豊か になったのだ。

だが、この並行通貨のブームはウィーンの中央当局を震え上がらせ、ヴェルグルはこの素晴らしい通貨の流通を1933年9月に中止せざるを得なかった。とはいえこの成功はさまざまなメディアに取り上げられ、ゲゼルの理論の有効性を証明している。現在ではウンターグッゲンバーガー研究所が関連資料の収集の他、地元でのI-motionプロジェクトの推進を行っており、ドイツで”Regio”(地方通貨、次回紹介)の実践者の訪問を数多く受けている。

デマレージ(持ち越し費用)、あるいはマイナス利子とは?

5月 4, 2006

ここまでの説明で、現在のプラス利子に立脚した通貨システムこそが持続可能なライフスタイルや経済活動にとって大きな障害になっていることがわかるだろう。ドイツ出身でアルゼンチンで財を成した実業家・経済学者のシルビオ・ゲゼル(1862-1930)は、その代表作「自然的経済秩序」でこの枠組みを変える方法を提示している。

彼の議論は、他の商品に比べてお金が有利な地位になるという事実から始まる。一般的に商品は時間の経過とともに減価し、たとえば昨日の新聞や去年の リンゴは売れないのに対し、お金の場合には損失を被ることなく好きなだけ保存することができ(インフレがなければの場合だが: この本が書かれたときにはドイツは金本位制だったことに留意されたい)、お金を必要としている人に融資するときに紙幣の所有者は複利を請求できる。この融 資では手持ち金が多ければそれだけ利益も多くなり、大富豪はこれにより利子だけで生活ができるようになるのに対し、多くの貧者は金持ちへの利払いを余儀な くされるのだ。

ではゲゼルの考え方とは?: 「お金の特権の廃止」である。経済的価値の保存の場合には商品よりも通貨が好まれるのはお金の価値が不変であるためなので、彼はお金の退蔵を防ぐために定 期的に「デマレージ(持ち越し費用)」を紙幣の所有者から徴収することを思いついたのだ(たとえば額面価格の100分の1のスタンプを毎月貼る: 詳細は次回)。

これにより金融システムが根本的に変わり、債務者に有利になる。資産を増やすよりもむしろデマレージによる貨幣価値の下落の回避の手段として債権者 は融資を行い、このデマレージの率が十分に高ければマイナス利子の融資も可能となる。たとえばデマレージが月1%(1年だと約11.4%)の場合、手許に 1000ドルを1年間置いておいて100ドル以上損するぐらいなら、950ドルしか戻ってこなくても貸したほうがましになるのだ。マイナス利子の結果、こ れまで低利回りのために融資を受けられなかった事業にもチャンスが回ってきて、融資=好きな事業を営む自由を受けられる人が増え、その結果経済運営がより 民主的になるのだ。

ゲゼル自身は自分の理論の応用例を目の当たりにすることなく1930年に没したが、その後の歴史が彼の正しさを証明している。次回は歴史的成功例について紹介したい。